「お前を連れ戻しに来た。…クラン、否、クロム。」 「!?」 新月の夜。 星すら見えぬ暗闇。 フードを深く被った男がクロムの腕を掴む。 「や…やめろぉ!!俺はお前とはもはや縁を切るつもりだ!」 肌を刺すような冷たい風が吹く。 「哀しいな…。 この偽りのような生暖かい空気に包まれていたら無理も無い。」 先程の風でフードが脱げる。 金色に輝く長髪に冥土の空を思わせる不気味な緑の瞳。 「…私の血筋…血統を引く…"クラン"。」 「違う!俺の名前はクロムだ!」 しばらくの沈黙の後、再び男が口を開く。 「…クラン。」 「違う!やめろ!離せ!消えろ!」 拒絶の声が夜空に木霊する。 「消えろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」 途端に、凍てつくような感覚に襲われた。 風上の方には、長身の男がいた。 左の掌をこちらに向けている。 「嫌がっているだろう。」 「…貴様は何者だ。」 男は顔を上げる。 黒い瞳が冷たい視線を放つ。 「名乗るほどでもない。」 風が強まる。 何も無かった夜空に虹のカーテンがかかる。 オーロラだ。 「…?」 幻でも見ていたのだろうか。 クロムは薄れていく意識の中、そう思っていた。 そして、まぶたを閉じた。 「…ふふ。今回は引き上げよう。 我が血統よ…。」 寒さに懲り懲りしたのか、はたまた分が悪くなったのか。 どちらにせよ男はフードを再び深くかぶり、何も無い空間へと 溶けるように消えた。 あたりは一面雪景色だった。 「………またか……。」 ひゅん、という音の後に現れたのはレイチェルだった。 「貴方は…。」 「…自分の事など知らない。 ただ、知らなければならぬ物があるだけだ。」 灰色の鎧が音を立てながら、茶色と黄色の長い髪を揺らして 男は去っていった。 「…一体…。」 夜は長い。 そして暗闇を見つめているものがいる。 うぉっちだ。 「……一体、何?…この寒気は。」 独り言を呟く。 自分をベッドに寝かせ、ひとり黒い喪服に身を包み、 泣いていたあの雨の日。 あの人の名前は誰であろう? 氷のような冷たさを宿すその瞳の奥には何を映すのか…? ねぇ。 凍神掌。